だてマスクをした子どもたち

  マスクをした女の子。そのワードを見たとき、自分が高校生のとき課題で書いた小論文を思い出した。だて眼鏡ならぬ「だてマスク」をした子どもという内容の新聞記事から自分の意見を書くといったもので字数制限は800字。

  風邪でも花粉症でもないのに、素顔を隠す「だてマスク」をする子どもたちが増えている。彼らは、顔を隠し、視線に晒されない安心感があると言う。
  顔は人の表情や気持ちが現れる最大のコミュニケーションツールである。「だてマスク」をする中高生は、そのコミュニケーションツールをだてマスクで覆うことで他人とのコミュニケーションに壁を作っていると言える。鼻から下を覆うマスクは表情の印象大きく変える口角が見えなくなってしまう。「たでマスク」で顔を隠すことによって「何を思っているか」「何を考えているか」を見せない効果がある。他人と自分を「だてマスク」で隔てることにより、子どもたちは自分を守っている。また、マスクで顔を隠すことによってコンプレックスを隠す子どもたちもいる。自分の顔の嫌いな部分を隠す、顔だけでなく自信のない自分を隠すこともできる。
  これらのことから、「だてマスク」をる中高生は素の自分を受け入れられないと考える。なぜなら、マスクという仮面を被り、自分を隠し、生かしてないからだ。誰にでもコンプレックスはある。イギリスの女優であるオードリー・ヘップバーンは、痩せ過ぎている身体、大きな口、えらの張った顔がコンプレックスであったという。しかし彼女はそのコンプレックスを隠さなかった。ウエストの締まったドレスを纏い、ビビッドな色の口紅を塗り、顔の周りの髪は後ろで束ねるという、あえてコンプレックスが目立つ格好をした。彼女はコンプレックスを生かすことで成功した人である。
  人は人と関わることで自分を見つけていく。「だてマスク」をする中高生は人との関わりに壁を作り、自分を受け入れられないという悪循環に陥っている。自分を受け入れ、生かすためにも人とのコミュニケーションを隔てる「だてマスク」を外すべきだ。

  …なんて書いてた本人のわたしも当時は「だてマスク」をしている時期があった。学校は厳しくてお化粧もできなかったし、コンプレックスにまみれた顔をマスクで覆って安心感を感じていた自分に戒めの気持ちを込めて書いた記憶がある。